右側の扉を開けます
今回のコラムは、先月の校長講話で取り上げた内容です。
12月、高2の宿泊行事を行いました。高校の修学旅行に当るものです。行先が奈良と京都なので、桐朋女子では関西旅行と呼んでいます。現在は4泊5日の行程です。その中に1日、グループ別行動の日があります。各グループで行先を考え、自分たちでバスや電車に乗り、訪れます。事前にかなり下調べをし計画を立て、先生にこれで行けるかどうか見てもらった上で当日に臨みます。活動できる範囲は決まっており、途中設定されているチェックポイントに何時から何時までの間に来ることという条件がありますが、どこでお昼ご飯を食べるかまで考えるので、なかなか楽しい一日です。
教員はチェックポイントの係を務めますが、それ以外は自由に動きます。私は今回、伏見稲荷に行ってみました。伏見稲荷は全国の稲荷神社の総本宮です。最近は千本鳥居という鳥居が立ち並んでいる写真でも有名になりました。行ってみたら、制服を着た修学旅行生であふれていました。
その伏見稲荷に行くために、私は三条駅から京阪電車という鉄道に乗り、伏見稲荷駅で降りました。私が驚いたのは、その京阪電車内で流れた車内放送です。文字で一部復元します。
「間もなく、〇〇、〇〇です。□□はお乗り換えです。〇〇の次は△△に止まります。右側の扉を開けます。」
最後の部分、右側の扉を開けますと言い方でした。普段聞きなれている京王線のアナウンスでは、このように言っています。
「次は〇〇です。□□はお乗り換えです。出口は左側です。」
出口は左側です、です。京阪のようなアナウンス、初めて聞きました。関西ではこの言い方が普通なのかと思いましたが、必ずしもそうではないようです。この日はこのあと嵐電、阪急、京都市営地下鉄、近鉄と全部で関西の私鉄5社の電車に乗ったのですが、右側の扉を開けますというアナウンスは最初に乗った京阪だけでした。後日ネットで調べてみても、同じようなアナウンスをしている鉄道は全国で他に見つけられませんでした。京阪だけなのかもしれません。
私はこの右側の扉を開けますという言い方を聞いて、背筋が伸びるというか、すがすがしさを感じました。右側の扉を開けますという文章の主語は何かと聞かれたら、この中にはありませんが、私は、または車掌は、でしょう。今回聞いた放送は自動音声でしたが、それは車掌の代わりに流しているからです。一方、京王線のパターン、出口は左側ですの文の主語は出口です。
右側の扉を開けますという表現、言葉がやや強いという印象を受ける気もします。「私が開けるんです」という誰がという主体の意思がはっきり伝わるように思います。一方、出口は左側です、からは、そこまでの意思は感じられない。もちろん車掌さんが開けるのですが、誰がという主体が薄まった表現なので、なんとなく耳障りがいいように思います。最近私が気になることの一つに、本来誰がという主体をはっきりさせるべきところを、なんとなく柔らかい表現を使うことが少なくない点です。主体がはっきりすると責任を負うことにつながりますが、場合によっては、自分で決めたということをはっきり伝えるべきときがあります。そのような場合は、それに相応しい表現を使うべきでしょう。
学校内で生徒が属する組織は、いろいろあります。いずれにおいても、学年が上がるにつれて責任を負う立場になります。自分たちのことだけでなく、後輩のこと、全体のことを見て指示を出すことが多くなります。そして指示を出す際、こうなりましたではなく、こうしますとはっきり言えるようになって欲しいです。そのためにはよく考え、相談し、これでいけるぞと思えるようになることが欠かせません。そして自分の将来は、自分で責任を負います。いろいろ選択する、選ぶ場面です。「だってこれしかないからこれになった」ではなく、自分で考えこれにしたと言えるように、自分の選択に責任を持って欲しいです。そのためには、先ほどと同様によく考え、相談し自分の意思をまとめるプロセスが必要でしょう。そして、それにふさわしい言葉遣いでそれを伝えて欲しいです。京阪のアナウンスから、私が責任もってトビラを開けます、安全に責任をもっていますという気持ちが伝わったように思い、私はすがすがしく感じたのかなと思います。
念のために書き添えますが、車内アナウンスで京王や小田急のような表現が悪いわけではありません。電車内のお客様にとっては、出口は右側ですという表現は、わかりやすい表現です。新宿行きに乗ると、仙川は左側の扉が開きます。一方、乗り換え駅の調布やつつじヶ丘は左も右も開く可能性があります。乗る電車によって違います。満員電車で一方に押し付けられてしまい、つつじヶ丘で乗り換える際に反対側が開くと、降りるのがなかなか大変です。毎年入学したばかりの中1の生徒の中には、降りられなかったという人がいます。気をつけてください。
責任を持つ際は、言葉にも気をつける。自分の意思を伝えるときは、その姿勢を言葉にも表す。そういったことも意識したいものです。