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校長コラム

カスハラ

 カスタマーハラスメント、通称カスハラ。最近耳にする言葉である。顧客が企業に対して理不尽なクレーム・言動をすることを指すもので、具体的には、事実無根の要求や法的な根拠のない要求、暴力的・侮辱的な方法による要求などが該当するそうだ。私が休日に買い物に行くスーパーにも、「ストップ!カスハラ」と大書きされたポスターが掲示されている。このスーパーで実際にカスハラにあたるものを私は目にしたことはないが、系列店も含めどこかで事例があったからこそ、このようなポスターが掲示されることになったのだろう。しかもこれはこのスーパーの労働組合が作って貼っているものだ。労働者である店員を守るという観点だろうが、会社としてではなく組合が制作し貼っている点にはどのような事情があるのだろうと、気になる。激しいカスハラの事例があり、早急に動くべきだということになって組合が急ぎ制作したものだろうか。JR東日本も、4月に「カスタマーハラスメントに対する方針」を打ち出した。7月の社長会見では「社員が安心して働けるようになった」というコメントと共に、一定の効果がみられたという認識を示したそうだ。先日お会いした教育産業の営業の方は、「この仕事はストレスが多い」とおっしゃっていた。私が長年通っていた理髪店が数年前に店を閉じたが、その際、店主のお兄さんも同じことをおっしゃっていた。ストレスの原因は聞いていないが、いずれも人間相手の仕事ゆえ、ストレスの原因はお客さんが絡む内容が想像できる。理不尽な要求は、どこでも起きることなのだろうか。

 6年ほど前の1月の話である。生徒を引率して関東大会に出場するため、甲府のホテルに宿泊した。夕食後、翌日の動きの確認のためミーティングを開こうと1階ロビーで生徒とコーチを待っていた際、フロントでやや大きめな声で訴えている内容が耳に入ってきた。缶ビールが欲しいと言っているのだ。そのホテルにはビールの自動販売機が設置されていないようで、ビールを調達するには外まで買いに出なければならないようだ。1月の夜の甲府なので、気温は既に氷点下かもしれない。見るとはなしにフロントの方を見ると、訴えている人は浴衣姿である。お風呂に入りいい心持ちになって「さて風呂上がりのビールを…」と思ったら、自販機がない。何としたことか。そこでフロントにやってきて、風呂上がりで自分は買いに行けない、ついては「フロント奥の事務室の冷蔵庫にはきっと自分たちで飲むための缶ビールがあるでしょ?それを売ってよ」と訴えているのだ。フロントマンは「いえありません」と返事をしているが、浴衣のおじさんはしつこく絡んでいる。激高するわけではないものの、小さな声でお願いしているわけではないので、話は筒抜け。フロントマンは一貫して断っているが、おじさんもしつこく絡み、こちらの方がハラハラしてくる。フロントマンは大変だなと感じたところで記憶が途絶えているところから、この辺りで生徒とコーチがやってきたのかもしれない。最終的にどう落ち着いたのかわからないが、教育産業の方、理髪店のお兄さんの「ストレスが多い」という感想は、フロントマンにもあてはまりそうだなと改めて感じる。

 最近この光景を再び思い出し、第三者的に見ているに過ぎなかった自分に思い至った。私があそこで助け船を出すべきだったのかもしれない。絡んでいるおじさんに「それは無理でしょ」と正攻法で言っても埒が明かないなら、ちょっと変化球で「私がそこまで行ってビール買ってきますよ」と声を掛けたらどうなっただろうか。私はミーティングを控えていたので、浴衣ではなかったはずだ。いや、そんな巻き込まれることはすべきではないのか。あのまま傍観者でよかったのだろうか。今度同じような光景を前にしたら、私はどうするだろう。

 フロントマンに、売り物ではないビールを売ってくれと要求するのがカスハラに当たるのかどうか、わからない。あの浴衣のおじさんはどうしただろう。その後は、お風呂に入る前にビールの自販機があるかどうか、確認しているだろうか。

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